愛知県弥富市の中学校で起きた男性生徒の刺殺事件について、前回に続いて解説をしていきます。
前編はこちらです。
愛知県弥富市中3男子生徒刺殺事件。学校で起きる大惨事の「5つのリスク」と教員の心のケアの重要性。
今回は後編として、私が専門家として介入するならどのような対応を行うかを、思うままに説明していこうと思います。
教員と管理職の先生については前回のブログでそれなりに解説していますが、基本的な流れは職場で自殺者が出たら、今すぐ読んでほしい職場の対応マニュアルを参考にしていただけると良いと思います。
今回は、生徒そして保護者に対するケアを中心に説明しますね。
※ブログ執筆者 AIDERS 代表 山﨑正徳のプロフィールは こちら
大きなショックを受けた際に生じる心身の反応についての情報提供を行う。
まず、このような惨事が起きた際に大切なのは、大きなショックを受けている人に対して素早く情報提供をすることです。
私は惨事対応の依頼を受けると、まず担当者の方にすぐに資料を送付します。
急性ストレス反応についての正しい知識と対処方法を簡単にまとめた資料なのですが、これを読んでもらうだけでも「私が眠れないのは普通の反応なんだな」などとわかり、少し落ち着いて対処できるようになります。
学校で起きる惨事も同様で、まずすべきことは「大きなショックを受けた際、心身にどのような影響が起きるのか」ということを正しく学ぶことです。
教員にはすぐに資料を配布して理解を深めてもらうこと、そして生徒に対しては授業の一部の時間を使い、スクールカウンセラーから直接説明することが良いように思います。
「これだけ強いショックを受けたんだから、具合が悪くなるのは普通のことだよ」
「無理をしないで、具合が悪かったらすぐに申し出てね」
これを先生を含めて全員で確認することで、不調を申し出しやすい空気を作ることができます。
ここでも、できれば担任の先生からではなく、スクールカウンセラーなどの専門家から説明することが理想です。
「この程度の内容なら、担任から資料を配って説明してもいいよね」と思うかもしれませんが、先のブログでも説明したように、先生は「ケアを受ける側である」ということを明確にする必要があると私は思います。
「先生も生徒と一緒に専門家の説明を聞く」という、そのこと自体が教員と生徒の双方にとって、とても意味があるのです。
先生はどうしても責任感が強いので、それくらい明確にしないと役割を背負ってしまうんですよね。
今回は殺人事件に遭遇していますから、とにかく「ケアを受ける側」ということをはっきりさせることが大事です。
また、先のブログでも説明したように、先生も「ケアを受ける側」ということを明確にすることで、生徒も心のダメージを受け入れやすくなります。
急性ストレス反応についての生徒への説明は、クラス単位で行うことが理想。
ここまで説明すると、「それなら、全校集会でスクールカウンセラーから全員に説明してもらえばいいのでは?」と思う方も当然いるだろうと思いますが、私は今回のケースではそれはお勧めしません。
・殺人現場を3年の生徒が目撃している。
・被害生徒、加害生徒ともに3年生である。
このことからも、今回は3年生のショックが特に強いだろうことは明白ですよね。
1年と2年の生徒も当然大きなショックを受けている思いますが、やはり現場を直接目撃していて、なおかつ当事者と関係の濃かった3年生のショックは相当なものでしょう。
このような惨事の場合、ショックのレベルとそれに伴う反応には、全学年では大きな個人差が生じます。
なので、できればそのレベルに合わせて分けて説明をする方がより理解が深まり、それぞれに適切な情報が行き届くと思います。
3年生は相当に強いショックを受けているわけですから、それに合わせた説明が必要ですし、
2年生も、来年からは事件のあった3年生の教室を使わなければいけませんから、生徒によっては強い不安や恐怖を感じているでしょう。
1年生はようやく中学校になじんできたところで殺人事件が起き、なおかつ残り2年間をその場所で過ごさなければいけません。
それぞれの立場によって伴う恐怖や不安などの反応をきちんと説明し、「私たちが今感じている不安や恐怖は、ノーマルな反応なんだ」と受け入れ、それぞれの反応に合わせた過ごし方などを理解する必要があります。
また、ショックに温度差のあるメンバーを一同に集めて説明を行うことは、強いショックを受けている人の傷口をより深くしてしまうケースが多々あります。
例えばですが、強いショックを受けている人が、ダメージの少ない人が談笑している様子を見て「ひどい!」と傷ついてしまうようなことも起こりえます。
惨事に遭遇したショックに加え、惨事をきっかけにした人間関係のトラブルはより傷口を深め、現場が混乱します。
このようなことから、集団で説明を行う場合はより慎重な対応が求められるのです。
リスクの高い生徒や教員は、スクールカウンセラーが直接状態を確認する。
このような惨事では、先に述べたように素早く情報提供を行うことがまず大事ですが、その後にリスクが高いと思われる人に対して専門家が面談をして、状態の確認しておくことがとても大切になります。
これは惨事対応の基本的な流れではありますが、まずは高リスク者をリストアップして、惨事から7日~10日が経過したタイミングに合わせて全員と面談をして状態を確認します。(もちろん、直後から目に見える問題が生じている人にはすぐに対応します)
なぜ7日~10日のタイミングなのかということは、以下のブログでご確認ください。
職場で自殺者が出たら、今すぐ読んでほしい職場の対応マニュアル
リスクが高いかどうかの判断は惨事の状況により異なりますが、今回の場合は、目撃者はもれなく高リスク者です。
あとは、部活動が一緒だったり、家が近くて小学校の頃からよく遊ぶ関係だったなど、当事者二人との関係性が親密であったり、近かった人も対象になります。
また、学校の規模が小さいことを考えれば、今回は教員全員にリスクがあると思われます。
よって、私であれば教員は全員面談を行ってそれぞれの状態を確認し、そのついでにクラスの生徒の情報も収集します。

注意点としては、これはいわゆる「心のケアのためのカウンセリング」というよりも「一人一人のダメージの状態を正確に把握するためのヒアリング」という意味合いが強くなりますので、「辛い人はどんなことでもスクールカウンセラーに相談してね」という自主性に任せた声のかけ方ではダメです。
「今回のことで、学校としては皆さんのことをとても心配に思っています。目撃した人や、二人と関係が近かったと思う人には、全員にスクールカウンセラーと面談をしてもらうことになりました。スクールカウンセラーに直接皆さんの状態を確認してもらって、その結果をもとに、学校としてもできるだけのサポートをしたいと思っています」
このように伝えて、面談のスケジュールを組んで実施します。
「〇〇さんは、火曜日の11時からです。話すのが辛かったらすぐに終わりにしてもいいから、少しだけでもいいのでカウンセラーさんと話をしてきてくれないかな。聞かれたことにこたえるだけでいいから」
「〇〇さんが話をした内容について、もし学校に伝えてほしくないことがあれば、カウンセラーさんは秘密を守ってくれるから遠慮なく伝えてね」
こんなイメージで声をかけ、面談を受けてもらいます。
そして、面談を行ったカウンセラーと生徒や教員の情報共有を行い(もちろん本人の了承をえた上で)、心身のリスクが高いと思われる人へのサポートを検討していきます。
保護者への情報提供と個別のサポートは必須。
生徒へのケアは、当然ながら学校だけでなく家庭での関りもとても重要です。
ただ、今回のような惨事は保護者もかなり強いショックを受けていることが想定できます。
特に3年の生徒の保護者や、当事者二人と関わりの強かった保護者は、教員同様に「生徒をケアする立場でありながら、自身もケアを受けるべき立場」であることを忘れてはいけません。
急性ストレス反応についての素早い情報提供をして、保護者自身にもその反応はノーマルなものとして起きることを理解してもらい、子どもや自分自身の健康のことついて、スクールカウンセラーにいつでも相談できることを伝えておくことが大切です。
特に、このような惨事の場合に、もともとメンタルヘルス問題を抱えていて精神科に通院していたり、通院していないまでも心身の不調が慢性的に続いていたような人が、惨事をきっかけに症状が悪化することが多々あります。
もともと日常的にストレスが高く心身の不調を抱えていた保護者が、このことをきっかけにうつ病などを発症してもまったくおかしなことではないのです。
だからこそ、生徒のケアだけでなく保護者もケア対象者に含め、情報の発信をしていくことが本当に大切になります。
家庭では話題をタブー視せず、安全に話せる環境をつくる。
「今回のことって、今後はできるだけ触れない方がいいんですよね?」
惨事を経験した方からは、よくこのようなご質問をいただきます。
この件については以下のブログで詳しく解説していますので、ぜひ読んでみてください。
自殺者が出た職場が「話題をタブー視」することのリスクと、「安全に語り合える環境づくり」の重要性
惨事を経験した人の多くが、「今の気持ちを共有したい」「みんなどんな気持ちで過ごしているのかを知りたい」などと思っているものの「きっとみんな、もうこのことには触れたくないはずだ」と考え、互いに気遣い、一人で抱え込んでいます。
だからこそ、安全に語り合える環境を、職場では管理職が、生徒に対しては先生たちが作ってあげることが大切なことです。
ただ、そうはいってもこれがなかなか難しいもので、実際はなんとなくみんな話題にふれなくなり、時間が経過していくことがほとんどです。
特に今回のような大惨事は先生たちの心身にかかる負担も相当なものでしょうから、学校で安全に話をするということはなかなか難しいですよね。
だからこそ、生徒が抱え込まないように、家庭での保護者の役割は大切になります。
学校での惨事の際、保護者からも「家では今回のことにふれないほうがいいんでしょうか?どう対応したらよいのかわからなくて…」といった相談をよく受けるのですが、家だからこそ、どんなことでも話ができるようにしてあげてほしいなと思います。
「体調どう?無理しないでね」
「お父さんだって会社で同じようなことがあったら絶対に具合が悪くなるよ。だから抱え込まないでなんでも話してね」
「あれから一ヶ月経ったね。ママもだいぶショックで怖くて、未だに思い出すと苦しくなることあるよ。あなたはどう?」
こうやって、家族が自分の気持ちを伝えながら声かけをしてあげると、本人も話がしやすくなると思います。
誤解なきようにお願いしたいのは、「安全に話ができる環境をつくる」とういうことは、「いたずらに刺激を与える」ことではありません。
あえて話さないことで自分を守っている人もいますから、無理に話をさせようとして関わる必要はありません。
「いつでも話を聴く準備があるよ」「どんなことでも話していいんだよ」というメッセージが伝わるような関わりを意識していきましょう。
※参考記事
ここまで、まだまだ細かいことをあげればキリはないのですが、対応のポイントを解説してみました。
学校関係者がこのブログを読んだら、「スクールカウンセラーだって毎日いるわけじゃないんだから、こんなに細かく対応できないよ!」と言われてしまうことは重々承知しておりますが、あくまでもこのような惨事の際に必要だと感じる対応を書かせていただきました。
このブログを書いている目的は、突然の惨事に見舞われた人たちが、少しでも正しい知識をもって冷静に対処し、被るダメージを最小限に防ぐことです。
引き続き、このような惨事を取り上げて対応のポイントなどを解説していこうと思いますので、少しでも皆さまのお役に立つことができれば嬉しいです。
※当方で行っている惨事ストレスマネジメントの詳細はこちらでご確認ください。