こんにちは。
エイダーズ山﨑正徳です。
昨年から、(年に数件ですが)惨事対応のご依頼をいただくことが増えてきました。
主に自殺者が発生した職場への対応が中心になりますが、惨事対応のノウハウを説明した以下のブログも毎日多くのアクセスがあることを考えると、自殺者が出て大混乱に陥っている職場がとても多いのだろうと推測されます。
職場で自殺者が出たら、今すぐ読んでほしい職場の対応マニュアル
このようなことから、
・突然の惨事に見舞われた方たちが心身に起きる反応を正しく理解して、落ち着いて対処できるようになること。そしてスムーズに回復に向かうこと。
・惨事に見舞われた職場が、職場としての適切な対応を理解し、社員の健康を守り、職場が被るダメージを最小限に抑えること。
この二点で皆さまのお役に立ちたい!貢献したい!という思いで、これから惨事対応のブログ記事を増やしていくつもりです。
今年は忙しいことを言い訳にしてブログ更新をだいぶサボってしまいましたが、ちゃんと書いていきます!
さて、それでは今回は、先月愛知県の中学校で起きた、男子生徒が同級生に刺殺されるという衝撃的な事件を扱っていきます。
詳しくはこちらをご覧ください。
愛知県弥富市の中学校で、3年生の男子生徒(14)が同学年の男子生徒(14)に腹部を刺されて死亡した事件で、加害生徒が24日朝、凶器の包丁を通学用バッグの中に入れて登校し、そのまま被害生徒を廊下に呼び出して襲ったとみられることが25日、捜査関係者への取材でわかった。包丁は「インターネットで事前に購入した」と供述しており、県警は慎重に裏付けを進めている。
事件があった中学校を調べる捜査員(24日午後、愛知県弥富市で)県警は同日午前、殺人未遂容疑で逮捕した加害生徒を、容疑を殺人に切り替えて名古屋地検に送検した。
捜査関係者などによると、この生徒は24日午前7時45分頃~8時頃の間に、刃渡り約20センチの細めの包丁を通学用バッグに入れて登校。そのまま3年生の教室がある校舎2階に向かい、別クラスの被害生徒を教室から呼び出したところで、腹部を強く刺したとみられる。
刺された生徒は「助けてください」と叫びながら教室へ戻ったが、刺し傷は内臓を貫通しており、約2時間半後に搬送先の病院で死亡した。県警は強い殺意を持った計画的犯行の可能性があるとみて調べている。
事件の起きた中学校では25日朝、近隣の中学校の教員や市教育委員会職員を含む約40人が通学路に立ち、生徒たちに「大丈夫だよ」などと声をかけながら登校を見守ったが、涙ぐんでいる生徒もいた。学校はその後、全校集会を開いて今後の対応などを説明したという。
校内で血痕を目撃したり、悲鳴を聞いたりした生徒も多く、県教委は25日、臨床心理士の資格を持つスクールカウンセラー2人を派遣し、生徒の心のケアに当たる。
日ごろ、職場での惨事対応を行っている私としては、この報道を聞いた際に(当然ですが)「すぐに適切な対応をしないと、大勢の生徒や教員(管理職も含む)がとても深刻なトラウマを抱えることになる」とはっきりと思いました。
今回の惨事について、専門家から見たリスクのポイントを挙げていきます。
①学校の中で起きた殺人事件であり、多くの生徒や教員が現場を目撃していること。
②被害者、加害者双方が生徒であり、二人と関わりのある生徒や教員が大勢いること。
③「いじめがあった」など、様々な憶測がテレビやネットなどで流され続けていること。
④本来は「ケアを受ける側」である教員が「ケアをする側」として生徒のサポートを行っていること。
⑤責任者として様々な対応を行っている校長も、おそらく刺殺現場を目撃していて大きなショックを受けているであろうこと。
特に、私は④と⑤について、学校での惨事の報道を耳にするたびに気がかりに感じていました。
今回のブログもこのあたりを特にじっくりと解説していけたらなと思います。
ちなみに、この事件についてはブログ記事を2回に分けて解説します。
今回は前編になりますので、ぜひ読んでみてください。
※ブログ執筆者 AIDERS 代表 山﨑正徳のプロフィールは こちら
学校での殺人事件が生徒や教員に及ぼす影響とは。
まず、大きなショックを受けた際に心身に起きる反応の基本的な話は以下のブログで解説していますので、まだ読んでいない方は読んでみてください。
利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル⑤「被害を受けたスタッフへのサポート」
私はこれまでに「職場の中で起きる殺人」に対応したのは過去に2回だけです。どちらも今回と同じく刺殺になります。
自殺の場合の主な心理的な反応は罪悪感や悲しみ、恐怖が中心になるのですが、殺人の場合は「圧倒的な強い恐怖と混乱」です。
そして、当事者との関係が深いほどに「強い悲しみや怒り」も襲ってきます。
実際に殺人という惨事に遭遇した方からは、これまでにこんな話を聴いています。
「とにかく怖くて。頭が真っ白で。夜も眠れなくて。暗くすると怖くて寝れないので、電気をつけて一晩過ごしました」
「初めはとにかく怖かったんです。でも、今は本当に辛くて悲しくて。なんで彼は殺されないといけなかったんだろう。本当に彼の立場になると苦しいです。まだ小さいお子さんがいるし、奥さんも本当に辛いだろうなと思うと、とにかく悲しいです」
「どうしてこんな手段をとることしかできなかったのか。いくらなんでも殺すことはないだろうと。もともと変わったところがある人だと思っていたけど、まさかこんなことをするとは。怖いし悲しいですけど、怒りも強くて混乱しています」
このような強い感情に苛まれ、少なくても7日前後は苦しむことが特徴的です。
また、今回、加害者の生徒はいじめ被害をアンケートで訴えていた事実があったそうです。
そのことからも、「ちゃんと対応していれば」「私が話を聴いてあげれば良かった」など、強い罪悪感に苛まれて苦しんでいる先生がいることは間違いないでしょう。
眠れないし食べれない。その時の光景が頭から離れない。
次に、体に出やすい反応と、フラッシュバックなどの問題にも触れておきます。
このような大変衝撃的な現場を目撃した場合、ほとんどの人が数日間は睡眠と食欲に大きな影響が出ます。
1週間位はなかなか寝付けないのが通常の反応だと思っていただきたいのと、「2日間くらいは一睡もできなかった」という話もよく窺います。悪夢に苦しむ人も多いです。
2~3日は食欲も大きく低下します。
とても不謹慎な話に聞こえるかもしれないのでご容赦頂きたいのですが、殺人や悲惨な交通事故などを目撃すると、一時的に肉を食べれなくなることも珍しくありません。
加えて、そのことを思い出すと涙が止まらなかったり、動悸や過呼吸が起きたりして苦しむことも多々あります。
また、フラッシュバックといって、何度もその時の光景が蘇り、その度に苦痛を味わうという症状にも苦しめられます。
きっと、殺人事件を扱うテレビのニュースやドラマなど、惨事を想起させるものに触れることもかなりきついはずです。
加えて、その場所に近づきたくないという回避行動も顕著でしょうし、少なくても1週間位は神経が過敏になり警戒心も強くなります。
心も体もとても苦しいことばかりだと思いますが、これらは大きなショックを受けた際に誰もが経験するノーマルな反応です。
決して「私の心が弱いからだ」なんて自分を責めないでくださいね。
「できるだけ考えないで過ごした方がいいんですよね?」という質問もよく受けますが、それだけ大きなショックを受けて考えないようにするなんてまず無理ですよ。
それだけ辛い思いをしたのです。
「心に重傷を負った」と受け入れて、とにかく自分を労わって過ごすことです。
のんびりするのが好きな人は、とにかくのんびり過ごしてください。
事件があった場所で、これまで通りの生活を強いられる過酷さ。
くり返しますが、殺人事件の現場を目撃したわけですから、生徒や教員が心身に受けるダメージは相当なものです。
以下のブログでも解説していますが、大きなショックを受けた時は、原則としては「できるだけ安全な場所で過ごすなど、心身の負担を軽減すること」が回復を早めることに繋がります。
利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル⑤「被害を受けたスタッフへのサポート」
この学校では、(報道によれば)事件があった24日の翌日からは午前授業のみ、そして30日からは通常授業に戻ったようです。
殺人のあった現場に翌日から出勤して授業をする教員、そして登校して授業を受ける生徒、それぞれの負担を考えると想像を絶しますよね。
恐怖、悲しみ、フラッシュバックなどで混乱している状態で毎日現場に行かなければならない状況というのは、より緊張感を強め、回復が遅れるどころか悪化することも十分にありえますから、本当に大変だろうなと推測します。
学校を休みにするというのはなかなか難しい判断なのだろうとは思いますが、惨事のレベルから考えれば、教員、生徒ともに1週間は完全に休ませるくらいが妥当だろうというのが私の考えです。
それでも毎日学校に行かなければならないわけですから(もちろん「休んでいいんだよ」という選択肢は与えていると思います)、教員に対しては組織として重点的なケアをすべきですし、生徒に対しては学校と家庭でのサポートが本当に大切になってきます。
だからこそ、保護者に対する適切な情報発信と、不安を感じる保護者への個別のサポートもとても大切だと思います。
ネットなどで様々な情報が流され続けることのリスク。
次に、このような大惨事につきものである報道やネットなどで流れるさまざまな憶測が、生徒や教員にどのような影響を与えるのか、解説していきます。
このような事件があると、被害者や加害者、そして学校について、さまざまな情報がネットなどで飛びかいます。
今回、私が簡単に確認をしただけで次のような情報がネットに書かれていました。
・LINEをめぐるトラブルがあった。男子生徒で作っていたグループLINEから、加害者である生徒が退出させられていた。
・加害生徒が中学2年生だった今年2月、学校のアンケートで「いじめられたことがありますか?」との質問に「ある」と答えていた。学校はその事実を市の教育委員会に伝えていなかった。
・加害生徒が警察に対して「3年になってからも嫌がらせを受けていた」「目立つ存在で羨ましかった」などと供述している。
・この中学校では2009年に別の男子生徒が同級生から暴力行為を受け、右腕に大怪我を負うトラブルが発生した。生徒はいじめを学校側に訴えていたが無視され、負傷した右腕には後遺障害が残った。この事件は2012年7月に2171万円の損害賠償請求に発展。2013年12月に弥富市が和解金100万円を支払うことで決着した。
他にもいろいろな情報を目にしましたし、これからもさらに増えていくでしょう。
これらは、惨事で大きなダメージを負った人たちにより強いストレスを与え、回復を阻むことにつながる場合が多々あります。
「殺された○○がいじめをしていたみたいに書くなんてひどすぎる」
「目立つ存在で羨ましかった?どれだけ自分勝手なんだ!そんな理由で殺していいと思っているのか?」
「先生たちはとても親切なのに、なんで学校を責めるようなことを書くの?」
このように、傷口に塩を塗られ、そのたびに強い感情がぶり返して苦しみ続けることになるのです。
また、このような情報が流れるたびに、興味本位で当事者からいろんなことを聞きだそうとする人が必ず増えます。
塾などの習い事の場で別の中学校の友達から根掘り葉掘り質問をされて苦しい思いをしたり、卒業した先輩からしつこくLINEがきたり。(先生たちも同じようなことがたくさんあります)
話をすることでらくになる人も当然いますけど、「そのことに触れたくない」「早く忘れたい」と思っている人にとって、これは本当にしんどいことです。
さらに言えば、惨事を直に目撃した3年生が高校に進学する4月も相当な注意が必要です。
この中学校の出身であることを高校の同級生や先輩たちが知ったら、どうなるかは容易に想像できますよね。
「ようやく惨事の現場から解放された」と安堵している生徒にとってはあまりにも辛すぎます。
だからこそ、高校の先生の役割は本当に大切になると思います。
安易にそのことに触れるなどしていたずらに刺激を与えないよう、十分に注意して見守る必要があります。
本来はケアを受けるべき存在である教師が、ケアをする側に回ることのリスク。
最後に、このような学校の惨事で見過ごされてしまう重要な問題について話をします。
このような学校での惨事では、当然ですが生徒の心の状態がなによりも心配されます。
今回も「県教委は25日、臨床心理士の資格を持つスクールカウンセラー2人を派遣し、生徒の心のケアに当たる」と報道されています。
たしかにその通りで、生徒の心のケアはなによりも優先されるべき重大なことです。
ただ、学校の惨事で毎回見過ごされてしまうのが「教員の心のケア」です。
教員は、どうしてもこのような場面では「生徒の心のケアをする側」に自動的に回されるのです。
でも、普通に考えてみてください。
教員だって、教員である前に一人の労働者であり、一人の人間です。
自分の教え子が刺され、目の前で亡くなるという体験をした担任の先生。
加害者生徒の担任の先生。
加害者生徒から刃物を取り上げた先生。
AEDで救命活動を行った先生。
普通に生活していればまず遭遇しないであろう大惨事に遭遇して、平気でいられるはずがないのです。
まちがいなく、先生たちも先に述べたような心身の反応で強い苦しみを味わっているはずです。
だから、教員は「ケアをする側」ではなく、「ケアを受ける側」なのです。

「そんなこと言ってられない!生徒がこれだけ大変な目にあったんだから、今こそ教師である我々がしっかりしなければならない!」
先生からこんな声が聞こえてきそうです。
本当に先生たちの生徒への思いには頭が下がります。
ただ、このような惨事でダメージが長引きやすいのは、自身のケアを後回しにして役割に奔走する人たちなのです。
惨事直後から「私がしっかりしなければ!」と言いきかせて、強い緊張感で必死に役割をこなし、ようやく事態が収束を迎えそうだというタイミングのときや、連休を迎えてホッと一息つくとき。
このような、少し気が緩んだタイミングで、これまでの疲れが一気に出やすくなります。
以前、介護施設で起きた利用者の自殺への対応を一手にこなしていた施設長が、2か月後にうつ病を発症して出勤できなくなり退職したという出来事がありました。
その方は、自身も自殺を目撃していながら、警察や遺族対応、そしてショックを受けた職員へのケア、シフト調整などのマネジメントを一人で行っていたのです。
このような最悪の事態は何としても防がなければなりません。
だからこそ、先生も生徒と同じく、「ケアを受ける側」であることを理解し、受けいれること。
適切なケアを受けることが大切です。
なお、先生が「ケアを受ける側」であることを認めることは、生徒にとっても大きなメリットがあります。
「先生だって、あれだけのことを経験すれば具合が悪くなるよ」
「正直、まだ怖いし、そのことを考えると辛くなって動悸がするよ」
このように先生が語ることで、「先生だって具合が悪くなるほどなんだから、私も具合が悪くなったっていいんだ」「当然の反応なんだな」と、生徒たちも心身の不調を「ノーマルな反応」として受けいれやすくなります。
また、生徒はスクールカウンセラーとの面談に抵抗を感じることは多々あります。
「カウンセリングを受けるなんて、みんなに心が弱いと思われる」などと感じるからです。
でも、「先生も具合が悪いからスクールカウンセラーさんと話していろいろとアドバイスをもらったよ。恥ずかしい話なんだけど、カウンセラーさんの前で泣いちゃったもん。でもらくになれたし、とてもいい人だったから、みんなも話をしてきてほしい」と先生が言ったらどうでしょうか。
前に私が勤めていた中学校の先生が、このようにして生徒にカウンセリングを勧めていました。(すごい先生ですよね!)
こう言われれば、生徒にとってはカウンセリングを受けるハードルが一気に下がりますよね。
惨事対応の担当者を現場の管理職がこなすことのリスク。
さて、教員は「ケアを受ける側」である、ということをお伝えしていますが、ここで私が指す「教員」には、管理職の先生も含まれます。
つまり、校長先生や教頭先生です。
この中学校はひと学年が50人ほどの小さな学校であったようですから、当然ですが校長や教頭も生徒との距離は近く、二人の生徒のことはよく知っていたと考えるのが自然のことです。
そして、事件の現場も目撃していると想定すれば、かなり強いショックを受けているはずなのです。
だから、この学校の管理職も「ケアを受ける側」になります。
ただ、先にも述べたように、このような事態では管理職が窓口となり、中心となって生徒のケアや保護者への説明などに奔走しなければならないケースが多いでしょう。
相当なショックを受けて心身に不調を抱えながら、記者会見を開き、これまでの学校の対応を疑問視するような質問にも対応し、場合によっては心ない言葉をかけられることもあるかもしれない。
体調がすぐれない中でこのような緊急事態の対応をこなしていれば、判断を誤ったり、ミスが増えたりすることも当然増えます。
それにより現場がより混乱し、場合によっては教員からの不満や怒りをかって(こういうときに、もともとくすぶっていた上司への不満が表面化しやすくなります)管理職が孤立し、体調がより悪化する。
そしてさらに現場が混乱するという、「負のスパイラル」に陥ることは決して珍しいことではないのです。
以下のブログ記事でも説明していますが、惨事対応の担当者選びは、とても重要です。
「職場で起きる自殺」の事後対応。担当者選びで「絶対にやってはいけないこと」とは。
現場の状況を把握し、状況に応じて適切な対応を行っていくためにも、担当者はできるだけダメージを受けていない立場の人がふさわしいでしょう。
今回のような惨事では、市の教育委員会が担うべきではないかと私は思います。
学校という組織では、校長や教頭が責任をもって対応をしなければならないという事情があるのはわかりますが、担当者選びを間違えるとより傷口を深め、生徒や教員、そして管理職に深刻なダメージを残してしまいます。
だからこそ、より柔軟な対応が求められると思います。
ここまで、前編として5つのリスクを切り口に解説をさせていただきました。
まだ前編ですが、だいぶ長いブログを最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
後編は、生徒、教員、そして保護者に対しての具体的な対応方法を解説しておりますので、ぜひ読んでみてください。
後編はこちらです。
愛知県弥富市中3男子生徒刺殺事件。生徒の心のケアの手順と家庭での関わり方。
※当方が行っている惨事対応の詳細はこちらをご確認ください。