利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアルの第6回です。
今回は、暴言暴力への対応をしていこうとする職場が、まず初めに向き合ってほしいとても大切な話をします。
暴力被害を防ぐためには、そのための知識と対策だけでは足りません。
最も大切なのは、あなたの職場が「職場としてどうありたいか」という理念や信念です。
このブログを読んで、ぜひよく向き合い、考えてみてください。
「暴力への限界設定」のない職場では、暴力被害が仕事の一部になる。
「毎日電話をかけてきて、自分の話や要求を一方的にして、それでこちらが電話を切ろうとするとすごく怒るんです。死ねとかバカとか、それはもうひどい暴言を吐かれ続けて、ヘトヘトです」
「訪問に行く度に毎回無理な要求をして、悪態をついて。それで、私が要求を断ると威嚇するんですよ。前はボールペンを机にガンガン打ち付けて抗議されたことがあり、恐ろしくて。利用者さんの家で私は一人だし、本当に怖いです。こういう人にはどう対応したら良いのでしょうか?」
このように、自分の要求が通らないと暴力的な言動を繰り返す利用者や患者にどのように対応をすべきなのか、職場として本当に難しい問題であると思います。
「一体どう対応したらわかってくれるんですかね?」
私に相談をされる方の多くが、このように私に質問をしてきます。
きっと、今暴力の被害に苦しんでいるあなたも、同じように思ってこのブログを読んでいるのではないでしょうか。
「職場としてどのように対応をすればよいのか」の解決策を考えていくためにも、まず私は、あなたから教えてもらいたいことがあります。
まず、あなたに伺います。
「職場としての暴力被害に対する基本的なスタンスを教えてください。あなたの職場では、利用者さんからの暴言や暴力に対して、どこまで許容し、どこまで対応をすることになっているのですか?」

どうでしょうか。
この質問に、あなたは答えることができますか?
実際、この質問に回答できる方はほとんどいません。
「うーん…ケースバイケースですね…」
「特に何も決まってないです」
こんな回答が多いですね。
あなたもきっとそうではないですか?
実は、ここにあなたの職場で暴力被害が深刻化する問題の本質があります。
つまり、あなたの職場では、暴力被害に対する「限界の設定」が全くなされていないのです。
「限界設定」という言葉だけ聞くと難しく感じるかもしれませんが、大した話ではありません。
例えば、私が行列のできる大人気のラーメン屋に入り、食べ終わったのにいつまでもスマホで動画を見ていて帰らず、席を空けようとしない。
外にはまだまだ人がたくさん並んでいて、席はカウンターの10席しかありません。
お店の人から、「申し訳ありませんが、混雑していますので、食事がお済みのようでしたら席を空けて頂けませんか?」と声をかけられたにも関わらず、無視をして、それ以降も席に座り続ける。
更にお店の人から退店を促されたので、私が頭にきて「おい!客に向かってその態度は何だ!おれは客だぞ!?いつまで居ようがおれの勝手じゃねーか!!」と大声で怒鳴り散らし、その後も迷惑行為を続けたとします。
こんなことをしていたら、私はお店の人から「帰ってください」「二度と来ないでください」と言われるかもしれませんし、強い口調で怒鳴り返されるかもしれません。
警察を呼ばれる可能性だってありますよね。
これは、このラーメン屋が「これ以上はうちのお客さんとして扱えない」「ここまでされるとお店を安全に運営できない」という、暴力への限界を明確に設定しているのです。
この限界を明確にしているからこそ、 限界を越えてくる客に対して、組織として明確なスタンスで対応できるのです。
これができている職場は、具体的に次のようなことをしているのではないかと思います。
・無理な要求は断固として拒否する。
・時間の限界を示す。
・役割の限界を示す。
・「何を言っても納得しない相手」を、無理に納得させることはしない。(こちらが相手の気持ちや人間性を十分尊重していることが前提です)
・責任者から伝えることで、より組織としてのスタンスを明確にする。
・こちらのスタンスを伝えて、それでも相手に従ってもらえない時の対応を明確にして、伝えて、実行に移す。

この限界設定がとても苦手なのが、介護や福祉、医療などの対人援助の現場です。
著しい暴言や暴力に対していつまでも組織としての限界を明確にできず、「ケースバイケース」という便利な言葉を隠れ蓑になあなあにしてしまい、結果として暴力被害が仕事の一部になってしまう。
あなたの職場でも同じことが起き、そしてあなたは今日も傷ついているのではないでしょうか。
※関連記事
「人間関係の三本柱」で組織としての対応を整理する。
この限界設定を明確にするためにも、まずはあなたの職場のスタンスを「人間関係の三本柱」で客観視してみることをお勧めします。
① 目的(相手にどうなってほしいのか)
② 人間関係(相手とどんな関係でいたいのか)
③ 自尊心(職場としてどうありたいか。職場として、どんな対応をすれば後悔しないか)
これが人間関係の三本柱です。
人間関係の三本柱については以下のブログ記事で詳しく解説していますので、ぜひ読んでみてください。
モンスター社員への対処法をいくら調べてもうまくいかないのは、上司のあなたが「部下との関係を壊さずに相手を変える方法」を求めているから。
例えば、毎日長時間の電話をかけてきては無理な要求を繰り返す利用者さんに対して、あなたはどうなってほしいですか?
そして、その利用者さんとどんな関係でいたいですか?
最後に、職場としてどうありたいですか?どんな対応をすれば後悔しないですか?
これを一つずつ考えていくのです。
試しに「目的」と「人間関係」を埋めてみますね。(あくまでも例文であり、正解はありません)
① 目的 「利用者さんに、暴言をやめてほしい。毎日電話対応ができないことをわかってほしい」
② 人間関係 「利用者さんに嫌われたくない。良い関係でいたい」
あなたもきっとそうだと思うのですが、私に相談をしてくる方の多くは「人間関係を壊さずに目的を果たしたい」と思っています。
それ自体はとても自然のことで、こちらもそれができるように、「話の聴き方」や「声のかけ方」などを助言をします。
ちゃんと相手の話を聴いてあげることで、利用者さんがこちらの事情をわかってくれて、関係を壊さずに目的を果たせるという場合ももちろんあります。
ただし、それが全くうまくいかない相手もいるのです。
残念ながら、あなたの職場の事情などおかまいなしで、自分の要求をただ通したい人。
要求が通らないと、暴力的な手段に訴えて要求を通そうとする人。
そのような相手に、いつまでも「人間関係を壊さずにわかってもらう方法」を模索していると、それこそ被害が大きくなり、心身共に消耗し燃え尽きてしまいます。
だから、③の「職場としての自尊心」が本当に大切になるのです。
・うちの職場はどこまで利用者さんの暴言暴力を受け入れるのか。
・雇用する従業員に対して、暴言暴力にどこまで対応してもらうのか。従業員に対してどうあるべきか。
・職場として、利用者さんに安心してサービスを受けてもらうために、どうあるべきか。
言い換えれば、「職場としての社会的使命やプライド」です。

ここが明確になっていれば、暴力への限界設定がはっきりするため、職場がとるべき対応も明確になるのです。
繰り返しますが
「あなたの職場では、どこまで利用者さんの暴言や暴力にどこまで対応をすることになっていますか?職場としてのスタンスはどうなっていますか?」
この質問に答えることができないなら、まずは「職場としての限界」について、職場内で十分に話し合いを重ねていく必要があります。
つまり、私に「どうしたらいいですか?」と聞く前に、「自分たちがどうしたいのか」に向き合い、しっかりと考えてみることが必要なのです。
ただ、残念なことに、この限界設定をせずに現場に対応を丸投げしてしまう経営者や役職者が多いというのも、また実情です。
職場として限界を設定するということは、つまり、責任のある立場の人が方針を明確にして暴力問題に対応をするということでもあります。
トップや管理職がこの責任を負う覚悟を持てない場合、「もっと真摯に対応して」「利用者さんと向き合って」などという言葉を使い、いつまでも現場に対応を丸投げしてしまうのです。
そのような職場は、見ていて本当に気の毒になるほど、現場が疲弊して退職者が後を絶ちません。
断言しますが、あなたの職場で暴力被害が仕事の一部になっているなら、それは「利用者さんの問題」でもなければ「現場のスタッフの問題」でもありません。
「組織の問題」なのです。
そのことをトップや管理職の方がまず理解しないことには、現場から暴力がなくなることはないのです。
次回に続きます。
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル⑦「クレーマーに巻き込まれやすい人の特徴と上手な距離の取り方とは」
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル①「管理職が知らないとまずい、安全衛生管理の法知識」
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル②「バウンダリー(境界線)を切り口にした関係性の理解」
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル③「悪質なクレーマーが多用しやすい5つのコントロール法」
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル④「暴力被害を仕事の一部にしてしまう職場の特徴とは」
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル⑤「被害を受けたスタッフへのサポート」