利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル⑤「被害を受けたスタッフへのサポート」

 

利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアルの第5回です。

 

今回は、暴言暴力の被害に遭ったスタッフへの職場としての正しい対応を説明したいと思います。

 

部下を持つ管理職はもちろんのこと、常に被害に遭うリスクのある援助職が必ず知っておくべき内容になります。

 

ぜひ読んでみてください。

 

※関連記事

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※ブログ執筆者  AIDERS 代表 山﨑正徳のプロフィールは  こちら 


「急性ストレス反応」とは。

 

・利用者から、電話で「死ね」「役立たず」などの暴言を90分も聞き続けた。

 

・訪問した利用者宅でセクハラの被害にあい、すぐに逃げられずに強い恐怖を味わった。

 

・患者から胸ぐらをつかまれて「ふざけんな!」と怒鳴られて脅された。

 

このような暴力の被害に遭い、普段経験しないような大きなショックを受けた場合、私たちの心や体にどのような反応が現れるのでしょうか。

 

ここから説明していきますね。

まず、このコップの画像を見てください。

 

コップに水が注がれています。

 

このコップに注がれる水を「ストレス」、そしてコップを私たちの「ストレスを受ける器」とイメージしてください。

 

私たちは、この「ストレスを抱える心のコップ」を一人一つ持っています。 

 

業務量や仕事の内容、家族や友人、恋愛、病気、金銭的な問題など、毎日生活をしていれば様々なストレスがかかりますよね。

 

日々、色々なストレスに晒され続けながらも、私たちがなんとかやりくりしながら生活できているのは、心のコップから水が溢れることなく、自分のストレスのキャパの範囲内に抑えることができているからです。

 

また、日常的にかかるストレスはある程度心の準備や慣れができているので、対応もしやすく、キャパオーバーにはなりづらいかもしれません。

 

ただし、このコップに、突然5リットルの水をドバドバドバ!っと注いだらどうなるでしょうか。

 

その場合、あっという間にコップが満杯になり、水がたくさん溢れてしまいます。

 

これが、いわゆる「心のキャパオーバー」の状態です。

急に注がれる大量な水(大きなストレス)に心が対応しきれず、たちまちショック状態に陥ります。

 

これが、「急性ストレス反応」と呼ばれるもので、暴力被害のように普段経験しない大きなショックを受けた際、私たちの心や身体、行動には様々な反応が生じます。

 

☆身体の反応

不眠、動悸、過呼吸、震え、血圧上昇、頭痛、吐き気、疲労感、緊張、食欲低下、腰痛、肩こり、など。

 

☆心の反応

怒り、悲しみ、恐怖、落ち込み、イライラ、不安、不信、自責、罪悪感、自信喪失、無気力、など。

 

☆行動の反応

電話に出ない、コミュニケーションの減少、面倒な仕事を後回しにする、仕事へののめりこみ、多弁、攻撃的、過食、酒量増加、浪費、ネット依存、など。

 

☆その他の反応

・フラッシュバック…出来事が何度も頭に蘇り、その度に苦痛を味わう。

・過敏・過剰な反応…音や刺激などに過剰に反応する。

・回避行動…事故や事件に関わる場所、人、話題などを避けようとする。

 

もしあなたが、これまでに利用者や患者から暴力の被害に遭遇したことがあるなら、その直後のことを思い返してみてください。

 

心臓が激しくドキドキして、頭が真っ白になって、その後は他の仕事をしていてもそのことが頭から離れなかったり

 

その利用者の顔を見るのが怖くて、話題を避けたり、その人に関わることを避けたりしませんでしたか?

 

また、家に帰って布団に入ってから急に思い出して怒りが強くなって寝付けなかったり、休みの日もそのことばかり考えてしまい落ち込んで気持ちの切り替えができなかったり

 

これらは、暴力被害という、非日常的な出来事を経験したことで起きるノーマルな反応です。

 

心が弱いからではなく、心が健康だからこそ起きる反応なので、慌てる必要はありません。 

 

大切なことは、急性ストレス反応を理解して受け入れ、正しい対処をとることです。


急性ストレス反応の回復の流れ

 

急性ストレス反応は、個人差はありますが、通常2~4週くらいかけて回復していきます。

 

ショックのレベルにもよりますが、始めの1週間位は最も負担がかかる時なので、無理をせずに過ごす必要があります。

 

ポイントは、「きちんと具合が悪くなること」です。

 

イメージとしては、ボクシングで相手から強力なパンチをまともにもらった時のことを考えてください。

 

パンチのダメージを少しでも減らして、後遺症を残さないようにするにはどうしたら良いと思いますか?

 

答えは明白ですよね。

 

それは、ちゃんと倒れて、ダウンすることです。

ここで無理をせずに心身を休めることが、スムーズに回復をさせるために大切になります。

 

というのも、無理をして急性ストレス反応がいつまでも回復をしないと、深刻なトラウマになってしまうリスクがあるからです。

  

私の印象では、援助職の経験が3年以上ある人は、大なり小なり、何かしらのトラウマを抱えているように思います。

 

そのトラウマによって、退職だけでなく、援助職の業界そのものから去ってしまう人もこれまでに多く見てきました。

 

志高くしてこの業界に足を踏み入れた人が、暴力の被害に遭って傷つき、業界を去る。

 

これは本当に悲しく辛いことであり、人手不足の問題を考えても、このような離職は防いでいかないといけません。

 

だからこそ、管理職は急性ストレス反応についての正しい知識をもって、被害を受けたスタッフをサポートする意識を持つことが必要不可欠です。


被害を受けたスタッフの回復を早める方法

 

ここで、管理職による具体的なサポートの内容について説明をしていきます。

 

まず、大前提として押さえて頂きたいのは、「被害を受けたスタッフが、自分から職場へのサポートを申し出ることはほとんどない」ということです。

 

援助職の職場は暴力被害を仕事の一部にしていることがとても多いので、そこで働くスタッフからしたら、「これくらいで具合が悪いなんて言ったら、心が弱いと思われてしまう」と考えるのが普通です。

 

なので、「部下からの訴えがないから問題ないはず」では済まさず、管理職から声掛けをして状態の確認を行いましょう。

 

そこで急性ストレス反応について説明して、今どのような反応が起きているのかを点検できれば良いと思います。

 

もちろん、職場としてできることとできないことはあるでしょうけど、できれば2~3日、反応の強さによっては1~2週間位は負荷を軽減して様子をみてあげるくらいの対応が無難です。

 

この「負荷の軽減」というのは物理的なサポートになりますが、人手不足の職場ではそれ自体がとても困難であると思います。

 

もし物理的なサポートが難しいとしても、情緒的なサポートだけは欠かさないようにしましよう。

 

「大丈夫?」「無理しないでね」「何かあればいつでも声をかけてね」

 

職場として、被害を受けたスタッフを心配に思い、大切に思っている気持ちを伝えてあげるだけでも、それは部下にとって大きなサポートになります。

 

「本当に困った時は、職場が助けてくれる」

 

このように思えるだけで、心に余裕ができて、回復は早まります。

 

また、ショックを受けたスタッフが、辛さや怒りを安全に話せる環境を作ってあげることも大切です。

 

これができている職場は、休憩中に同僚がランチに連れ出して話を聴いてあげたり、管理職もこまめに声掛けを行うなどの気遣いができています。

 

被害に遭ったスタッフを孤立させずに、痛みを全員で共有する。

 

このような環境が日常的に整っていることが理想です。


被害を受けたスタッフの心の傷を悪化させる対応

 

次に、被害を受けたスタッフのダメージをより深くしてしまう職場の対応について説明します。

 

利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル④「暴力被害を仕事の一部にしてしまう職場の特徴とは」

 

上記のブログ記事で説明したように、職場が暴力被害を仕事の一部にしてしまっていると、そもそも被害者へのサポートの必要性を認識することができません。

 

「これくらい普通だよ」

 

「きっとあなたの対応にも問題があったはずだ」

 

「あなたは看護師なんだから、落ち込んでいる暇なんてないはずです。患者さんのことだけを考えればいいのよ」

 

このような声掛けは、急性ストレス反応で苦しんでいる人をさらに追い込み、症状を悪化させることに繋がります。

 

辛い、怖い、怒り、やるせなさ、悔しさ、不安

 

このような負の感情を癒すことができず、ぐっと押し込めて、立ち上がり現場に向かう。

 

具合が悪くなることは許されない。

 

辛さや恐怖を語ることすら許されない。

 

とても過酷な職場だと私は思います。

このような環境で被害に遭い続けると、怒りや悲しみが慢性的に蓄積されていきます。

 

そして、その蓄積された怒りや悲しみが癒されずにいると、それが新人や後輩などの弱い立場のスタッフに向かうという悪循環に陥ります。

 

「私だってこれくらいの被害に遭ったことはあります。これくら普通ですよ」

 

「こんなことで辛いんだったら、辞めるしかないかもね」

 

今度は自分が、被害者を更に傷つける立場になる。

 

このように、救われなかった暴力被害者によって、新たな被害者を更に傷つけるという極めて危険な環境が出来上がるのです。


スタッフの対応に問題があった場合の対応方法

 

最後に、被害を受けたスタッフに、相手を怒らせるだけの対応の落ち度があった場合の指導の仕方について説明します。

 

まず、大原則として「仕事で落ち度があること」と「暴力被害に遭うこと」は別であることを強く認識する必要があります。

 

「患者さんに暴力を振るわれたのは、あなたの対応に問題があったからです」と管理職が言ってしまったら、それは職場が暴力を肯定してしまうことになりますから、まずその考えは改めなければなりません。

 

とはいっても、明らかにスタッフ側に落ち度があり、指導して改善を求めなければならないことも当然あるでしょう。

 

その場合も、暴力被害者の気持ちに十分に配慮をしながら対応をする必要があります。

 

大切なのは、指導よりもまず先に「大きなショックを受けた心のケア」を行うことです。

 

この順番を間違えてしまうと、全てがうまくいかなくなります。

 

これは自分に置き換えて考えてもらうとわかりやすいと思います。

 

あなたが仕事でミスをしてしまい、それが原因で患者さんから「死ね!この役立たずが!」と待合室で大声で罵られ、雑誌を顔に投げつけられたとします。

 

あまりの出来事に大きなショックを受け、立ち尽くすあなた。

 

事務室に戻ってきても放心状態です。

 

さて、ここで上司にどのように声をかけてもらいたいですか?

答えは難しくないですよね。

 

「大変だったね、大丈夫?」「座って休んでていいから。ちょっとあれはひどいね。ごめんね、すぐに助けに行けなくて」

 

こんな風に、まずは被害を受けた傷を労わってほしいですよね。

 

そこで傷ついた気持ちを労わってもらえた時、そこで初めて自分から対応のまずさを語れると思いませんか?

 

「ありがとうございます。でも、私の対応がまずかったんですよ。私が怒らせちゃったんですよ」

 

こうやって、心の傷を労わってもらえることで、自ら反省の言葉を口にできるのです。

 

つまり、わざわざ指導をしなくても、自分から反省をしてくれることもあるということです。

 

ここの対応を誤って、ショックを受けている部下へのケアを行わずにいきなり反省を求めてはいけません。

 

被害を受けたスタッフは、心の中では「自分の対応がまずかったな」と反省しながらも、それでも仕事で暴力被害に遭うことを受け入れられずに強い苦痛を味わっています。

 

そこで「あなたの対応に問題があります!」と責められてしまったらどうでしょうか。

 

被害者にとっては、傷口に塩を塗られるようなものです。

 

更に深く傷つき、怒り、悲しみ、上司に対して心を閉ざすようになります。

 

対応を誤ると、このように上司と部下の関係に大きな溝を作ってしまいますから、十分に注意してください。

 

まずはショックを受けた心のケアを行うこと。

 

そこで、部下が自ら反省を口にすればベストです。

 

もしそこまでいかなければ、「落ち着いてからで良いので、後で今回の振り返りをしましょう。ひとまずはゆっくり休んでください」と伝えて、後ほど指導の機会を作ればいいと思います。

 

いずれにしても、暴力被害に遭った部下を労う気持ちを忘れずに接することが大切です。 

 

また次回に続きます!

利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル⑥「暴力に対する職場の限界設定」