利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアルの第4回です。
暴力被害をなくすために何よりも大切なことは、「この仕事をしていればこれくらい当たり前」という意識を徹底的に改めることだと私は思います。
でも、被害を「仕事の一部」として受け入れてしまっている以上、暴力被害をなくすなんてできっこないですよね。
では、被害を「仕事の一部」にしてしまう職場にはどのような特徴があるのでしょうか。
私の経験上、「こういう職場は特に危険だ!」と感じる特徴を5つ挙げていきますので、読んでみて、あなたの職場環境を点検してみてください。
※関連記事
▶利用者・患者からの暴言暴力マニュアル①「管理職が知らないとまずい、安全衛生管理の法知識」
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル②「バウンダリー(境界線)を切り口にした関係性の理解」
▶利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル③「悪質なクレーマーが多用しやすい5つのコントロール法」
※ブログ執筆者 AIDERS 代表 山﨑正徳のプロフィールは こちら
①「仕事で落ち度があること」=「被害を受けるに値する」という考え方が根強い。
「今度の新人はコミュニケーションが苦手だし不注意だよね。だからAさん(患者)にあんなにキレられるんだよ。この前も怒ったAさんにプログラム中に怒鳴られたらしいんだけど、まあ仕方ないよね。あれだけ不注意なんだから」
「Bさん(利用者)が電話で一時間も怒り続けたのは、あなたの話の聴き方に問題があるからです。Bさんは何も悪くありません。あなたが反省すべきです」
「Cさん(利用者)があなたを無視するのは、相手の気持ちに寄り添う姿勢があなたに足りないからだよね。もっと相手の気持ちになって、寄り添う介護ができるようにならないと。そしたら、無視されなくなるよ」
こういう会話は、あなたの職場で当たり前に交わされていませんか?
このように、「〇〇に値する」という考え方が根強いと「こちらに落ち度があるんだから、被害に遭うのは仕方がないよね」と、暴力そのものを肯定することになります。
もしスタッフの仕事の仕方に問題があるとすれば、必要なのは指導や教育、または立場上の責任を負うことであって、暴力の被害に遭って傷つくことではありません。
ここを混同してしまうと、「怒鳴られて痛い目に遭って反省しなさい!」という理屈になります。
この考えがとても危険であることを認識しましょう。
また、暴力的な言動を繰り返す利用者に対しても、「うちの新人が迷惑をかけてすいません」「ちゃんと指導しておきますので」と謝るだけで終わりにするのではなく、不満を感じた際に暴力的な手段で訴えることはやめてもらうように伝えなければいけません。
職場が謝るだけで終わってしまうと、利用者は「スタッフに落ち度がある時は怒鳴ってもOK」と受け取り、同じことが繰り返されます。
「仕事で落ち度があること」「仕事ができないこと」「仕事が雑なこと」
これと、「暴力の被害に遭うこと」は全くの別物であるということを職場全体で強く意識してください。
②暴力被害に遭うことを「仕事上の勲章」のように扱い、武勇伝として語る。

「おれなんて、新人の時に患者さんに首を絞められそうになったことあるよ」
「あの時は利用者さんが大暴れして大変だったよ。椅子を投げられたり、怒鳴られたり」
このように、暴力被害のエピソードは、大なり小なり誰にでもあるものですし、それを職場で共有することは大切なことだと思います。
ただし、「経験を共有すること」や「被害を防ぐこと」を目的とした共有ではなく、単なる「武勇伝」として自慢げに、得意気に面白おかしく語るようなことが当たり前に行われる職場は、暴力被害を仕事の一部にしてしまいます。
もしあなたが役職者や経験豊富なベテランのスタッフであれば、より注意が必要です。
あなたが自身の被害エピソードを武勇伝にすることは、つまり、新人や経験の浅いスタッフにとっては「この仕事をしていればそういうことも普通なんだな」「被害に遭うのは嫌だけど、そういう経験を積み重ねることで一人前になるのかもな」と学習することにつながります。
私も同じように学習した経験がありますが、そうすると、被害を避けることよりも「被害に慣れようとする意識」を強く持ちやすくなります。
「これくらい普通!」
「平気平気!」
こうやって自分に言い聞かせていましたが、それでも傷つけられれば辛いし怖いし、嫌になります。
でも、そんな時も「こんなことで怖いなんて言ったら、みんなに弱いと思われちゃうんじゃないかな」と考えるんですよね。
だから、周囲に本心を隠して、問題を一人で抱えやすくもなる。
つまり、周りに「傷ついていないよ」「僕はこれくらい平気だよ」と強がらないといけないので、私自身も被害のエピソードを武勇伝っぽく語る必要が出てきます。
まさに負の連鎖ですね。
あなたの職場でもこのようなことが日常的になっていれば、被害のエピソードを武勇伝のように語ることのリスクを共有し、今すぐに改めていきましょう。
③暴力被害を受けながらも支援をやりきった利用者とのエピソードを、ただの「美談」にして終える。
「暴力的な言動がひどい利用者の暴言にひたすら耐えて、諦めずにスタッフが根気強く関わり、最終的には利用者さんの信頼を得て良い関係を築くことができた」
こんなエピソードは援助職の仕事をしている人なら、大なり小なりあるはずです。
私自身も、酔って来院しては毎回大騒ぎをする患者さんの担当になり、怖い思いをしながらも関わり続け、最終的にはとても良い関係を築けて、大きなやりがいを感じたことがあります。
まさに援助職の仕事の醍醐味を味わえる場面であるとは思いますが、この経験は、私の中では「取り扱い注意事項」でもあります。
なぜなら、「暴力被害に耐え抜くこと」は、本来職場としての適切な対応ではないと私は思うからです。
「耐え抜いて患者さんと良い関係を築けたこと」は、個人的に良い経験になりましたが、それは「暴力被害に対する職場の対応」までも肯定するものではない。
ここをはっきりさせておく必要があります。
それを混同してしまう人は、暴力被害の経験を「美談」として語ってしまいます。
「私が諦めずに関わり続けた結果、患者さんと信頼関係を築くことができました!」
「〇〇さんの暴言は確かにひどかったです。でも、私は〇〇さんを良い方向に導きたい一心で耐え抜き、最終的にはこちらの思いが伝わりました」
「これこそこの仕事の醍醐味です。諦めず、耐えて、それでも関わり続けること。皆さんはその覚悟でこの業界に来ましたか?」
職場で役職者がこのように語ってしまうと、それはつまり「この仕事をしていれば暴力被害に遭うのは当たり前で、乗り越えないと一人前になれないよ」と部下に伝えることになりますが、これは間違いです。
なぜなら、利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル①「管理職が知らないとまずい、職場の安全衛生管理の法知識」で説明した通り、役職者には従業員の安全と健康を守る義務が課せられているからです。
ここの意識が欠如していて、ただの美談として終えてしまう職場は、当然ですが退職者が増えます。
「暴力の被害に遭うことはゼロではないはず」という覚悟はあっても、暴力被害を肯定する職場で働く覚悟までは持てないですからね。
ここは大きな違いですから、人が辞めていくのも無理はないでしょう。
「今回はたまたまうまくいきましたが、私は〇〇さんのひどい暴言にとても傷ついたし、職場としての対応も反省すべき点が多く見つかりました。今後、皆さんが同じような被害に遭わないためにも、再発防止に取り組んでいきたいと思います」
このように話してくれる役職者がいたら、離職は減るのではないでしょうか。
④「ケース対応」と「職場の安全衛生管理」の問題を混同する。

これは利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル①「管理職が知らないとまずい、職場の安全衛生管理の法知識」で説明した通りです。
「あの人は躁うつ病でハイな時は攻撃的になるから、仕方がないんだよ」
「あの人はトラウマを抱えているから、いくらひどい暴言を吐いても、寄り添ってあげる対応をしないといけないよ」
「発達障害だから、理解してあげないと」
こんな風に、利用者や患者の病態や、過去に受けた心の傷などが暴力の原因であり、だから仕方がないんだよ、という考えで暴力被害を「仕事の一部」として、職場が許容してしまうことはとても危険です。
なぜなら、相手の病態などに応じた対応は「ケース対応」の問題であって、暴力被害は「職場の安全衛生管理」の問題として考えるべきだからです。
これを混同してしまう職場は、全ての暴力被害を「ケース対応」として扱うため、担当者の関わり方の問題にされてしまいます。
つまり、暴力が野放しになるのです。
詳しくは以下のブログを読んでください。
⑤常に暴力被害を受けているため、スタッフの感覚が麻痺していて被害に遭っている自覚がない。
暴力被害を「この仕事をしていればこれくらい当たり前」という考えで語る人の中に、被害を受けている自覚や感覚そのものを持ちづらくなっている人にお会いすることがあります。
人間は毎日過酷な環境に置かれ続けると、その中で適応していくために「余計なことを考えないようにする心理」が働きやすくなります。
つまり、「辛い」ことを「辛い」と認識しない方が楽だし、「怖い」ことを「怖い」と認めない方が働きやすくなるのです。
「ノーマルな感情を抑圧する、麻痺させる」という戦場の兵士のような適応の仕方です。
これが定着すると、利用者さんからきつい暴言を受けても、何も感じなくなります。
暴力被害が定着している職場では、このような心理で働いている人が複数いて、ノーマルな感覚の持ち主が少数派であることは珍しくありません。
つまり、被害を受けた時に「怖い」「辛い」と訴えるスタッフは「これくらいで大げさだ」「弱いな」と上司や同僚に本気で思われてしまう。
だから、訴えない方が楽だし、そのためには他のスタッフ同様、「余計なことは考えないように、感じないようにしよう」という意識が強くなり、感情を麻痺させる人が更に増えていくのです。
ここまで読んでみて、いかがでしょうか。
対人援助職の方なら、「あるある!」と思わず頷きたくなるものばかりなのではないかと思います。
つまり、援助職の職場は、それだけ暴力被害を仕事の一部にしてしまいやすいということなのです。
だから、暴力的な利用者や患者への対応を学びたい職場は、「具体的な対応法」を知る前に、まずやるべきことがあります。
もうわかりますよね。
まずすべきことは、一人一人の暴力問題に対する意識を改めて、全員が共通の認識を持つこと。
ここから取り組むことが何よりも大切なのです。
また次回に続きます!
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