利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル②「バウンダリー(境界線)を切り口にした関係性の理解」

  

利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアルの第2回です。

 

今回は、安全な人間関係の距離感である「バウンダリー(境界線)」を切り口に、暴力の関係が定着する援助職と利用者・患者の関係を説明していこうと思います。

 

まず、「バウンダリー(境界線)」という言葉を始めて耳にする方は、ぜひ以下のブログ記事を読んでみてください。

バウンダリー(境界線)基礎講座1日目「人間関係の大原則が学べるバウンダリー(境界線)とは?」

 

基礎講座は8日目まであります。ここから先は、8日目まで読んでいただいている前提でお話を進めさせて頂きますね。

 

※関連記事

利用者・患者からの暴言暴力マニュアル①「管理職が知らないとまずい、安全衛生管理の法知識」

 

※ブログ執筆者  AIDERS 代表 山﨑正徳のプロフィールは  こちら 


「私は障がい者なんだから、あなたは最大限の配慮をして、私の困りごとを解決するべきだ!」と一方的に怒られました…。

 

今回も、実際に援助職の方から寄せられた相談事例を先に紹介しますね。

 

これは、公的機関において電話の心理相談を行う相談員の方から寄せられた相談です。

 

その相談員さんの困りごとは、電話相談を利用している相談者のAさん(50代・女性)への対応についてです。

 

Aさんは、毎日のように電話をかけてきては、次のような訴えや行動を繰り返していました。

 

・電話相談は長くて60分と相談員が伝えているのに、「私は障がい者であなたのアドバイスを理解するのに時間がかかるから、60分で終わるなんておかしい!私の身になってほしい!」「私がこれだけ相談しているのに何も解決していないんだから、私がいいと言うまで電話を終わらせてはいけない!」と怒って電話を切らない。

 

・いつも「私は障がい者だ!」と言っては特別扱いを求めるので、障がいの詳しい内容(障害の内容や診断名など)を質問すると、「それはあなたには関係がないことだ」「人の病気のことを聴こうとするなんて、あなたはデリカシーがない」と言って教えてもらえない。 

 

・特にイライラしている時は暴言がひどく、一方的に相談員を怒鳴りつけて罵倒する。暴言はやめてほしいとお願いすると「それならあなたたちは何のためにいるんですか?」「私は障がいがあってイライラが抑えられないのに、そんな私を救えないんですか?」とさらに怒る。

このようなAさんの態度に、この相談員さんは日々の電話に疲弊し、怯え、混乱していました。

  

「このような人に対して、どのように対応すればいいんですか?もうとにかく大変で…」

 

「何を言っても理解してもらえないし、どんな障害があるのかも教えてもらえないし、もう手詰まりです…」

  

さて、あなたはこの話を聴いて、どう感じますか?

 

Aさんへの対応方法を知りたい方もいると思いますが、今回の記事は対応方法ではなく、「バウンダリー(境界線)」を切り口に、相談員とAさんとの間で何が起きているのかを解説していきますね


「援助職の役割」と「利用者の役割」とは?

 

まず、考えてみましょう。

 

あなたが仕事において、安全で気持ちよく、相手を支援できる時はどんな時でしょうか。

 

これは援助職だけでなく、他の仕事も一緒だと思います。

  

あなたが自分の存在意義を感じながら、相手のために一生懸命に何かをしてあげたいと思える時。

 

それは、相手とどんな関係が築けているでしょうか。

 

普段そこまで意識をしていないこととは思いますが、援助職が存在意義を感じて仕事ができる時は、おそらく、援助職側も、支援を受ける利用者側も、お互いに相手の役割や責任を理解し、尊重し合える時ではないでしょうか。

 

電話相談員には、当然ですが相談員の役割と責任があります。

 

・相談者の悩みを聴いて、専門性に基づいて話をよく聴き、電話相談の範囲で可能な支援を行うこと。

 

・自分一人では解決ができなければ、抱え込まずに上司や同僚に支援を求めるなどして、相談者の悩みの解決に努めること。

 

・自身が所属する職場の指示に従い、従業員としてのルールを守り、職務を果たすこと。

 

他にも色々とあると思いますが、このような役割や責任を十分に果たしていくことが大切ですよね。

 

そして、もう一つ大切なことは、役割や責任には「限界」もあるということです。

 

例えば、一人の電話相談員が、一人の利用者の相談を一日中受けているわけにはいきません。

 

時間には限界があるからです。

 

また、利用者が「私は死にたくて仕方がないから、今すぐに家に来て私の側にいてください」と希望しても、利用者宅を訪問するわけにはいきません。

 

なぜなら、電話相談員の役割を越えることはできないし、役割の範囲外のことを「相手が希望しているから」という理由だけで決めることは、ほとんどの職場では不可能だからです。

そして、大切なことは、役割や責任を有しているのは援助職側だけではないということです。

 

例えば、私たちが風邪をひいて病院に行く時、私たちは「患者」としての役割と責任を守っているからこそ、診察を受けることができ、薬を処方してもらえるのです。

 

具体的に、思いつくものを挙げてみます。

 

・病院の診療時間内に診察を受けに行く。

 

・予約制であれば電話をして予約をとる。

 

・先生から尋ねられた症状に関する質問には、できるだけ正確に答える。

 

・診察の内容について、わからないことがあれば質問する。

 

・待合室では携帯電話の使用を控えるなど、マナーを守る。

 

・処方された薬は、用法・用量を守って服用し、症状が改善しなければ改めて先生に相談する。

 

・障がいなどがあり、特別に配慮を望むことがあれば、どんな障害があってどんな配慮を望んでいるのかをきちんと伝える。

 

・不満や苦情などは、相手の安全を脅かすようなことはせず、丁寧に伝える。

 

このように、医療を受けるためにはこちらも患者としての役割を守り、相手の限界を尊重し、診察に協力する必要があるのです。

 

診察室で携帯電話を堂々と使って、先生の質問にも満足に答えずに、「私は患者なんだから治しなさい」という態度では、満足な治療は受けられないでしょうし、お断りされる可能性も十分ありますよね。

 

ここまで挙げてみるとわかる通り、援助する側と、援助を受ける側は原則対等であるべきなのです。

 

お互いがそれぞれに役割と責任を果たすこと

 

相手の役割や責任を尊重すること

 

相手の役割や責任の限界を尊重すること

 

それらを共有できるコミュニケーションをとること

 

お互いの人間性を尊重すること

 

あなたが援助職として使命を感じ、安全に役割を果たせる時、それは職場内の関係においても、利用者や患者との関係においても、(全てとは言いませんが)これらの要件が満たされているのではないでしょうか。


対人援助の現場で起きる、暴力加害と被害の関係性とは?

 

ここまで読んで頂き、初めの電話相談員さんと相談者のAさんとの関係を振り返ってみましょう。

 

あなたは、この二人の関係をどう感じますか?

 

なぜ、この電話相談員さんはとても苦しい思いをしているのでしょうか。

 

答えは明白ですよね。

 

この電話相談員と、相談者のAさんの関係が、明らかに対等ではないのです。

 

Aさんの電話相談員に対する距離感がとても一方的で、相手への尊重を欠いたものであることがわかると思います。 

・私が困っているんだから、私が「いいよ」と言うまで電話を切ってはいけない。

 

・あなたは相談員なのだから、私の要求を断ってはいけない。

 

・私は病気で感情のコントロールができないのだから、あなたは私の暴言を許容するべきだ。

 

・相談員はいかなる理由があろうと、相談を断ってはいけない。

 

・相談員のミスや失言は許されない。

 

・相談員は私の問題解決の全責任を負うべきである。

 

※コントロールの自覚がある場合もあれば、無自覚に行っている場合もあります。

 

この関係に援助職が巻き込まれると、日々コントロール(支配)を受け続け、心身に大きなダメージを負うことになります。

 

利用者の顔色ばかりが気になり、相手の怒りや不機嫌に怯え、毎日のミッションは「専門性を発揮すること」ではなく「相手を満足させること」になります。

 

助けてくれない同僚や上司への不満、不信も募りやすく、職場の人間関係にも大きな影響を及ぼします。

 

つまり、毎日とても惨めな思いを募らせて働くことになるのです。

 

「私って、なんでこの仕事やってるんだっけな」

 

「こんなことをするために、この仕事を選んだわけじゃないのに」

 

「辞めたいな。職場に行きたくないな…」

 

こうやって職場を去っていく援助職を、私はこれまでに何人も見てきました。


バウンダリー(境界線)で関係性を理解する習慣を持つ。

 

今回、バウンダリー(境界線)を切り口に二人の関係を解説していますが、大切なのは「今、何が起きているのか」を正しく理解することです。

 

関係が対等ではないこと、そして自分が相手のコントロールに巻き込まれていることを理解するだけで、整理ができて楽になる感じがしませんか?

 

このような関係に巻き込まれて苦しんでいる人は、「確かにあの利用者さんの言い方はひどいんだけど、でも言われていることは間違っていないから、悪いのは私なんじゃないのかな…」などと混乱してどうしていいかわからないんですよね。

 

だから辛いし、自分を責めるし、でもどうにもできないし。

 

本当に苦しいことですよね。

 

だから、まずは今起きていることを客観的に理解して、その上で職場としてどう対応していくのかを考える必要があります。

 

「でも、そんなことを言ったって、うちの職場に通っている利用者さんは境界線なんて守れる人たちではないですよ」

 

「うちの現場では、そんなことは通用しませんよ」

 

このブログを読んでいる援助職の方から、こんな声が聞えてきそうです。

 

そうですよね。その通りです。

 

利用者さんや患者さんの病態や障害のレベルにおいては、安全な関係を築くこと自体が困難であることは当然あります。

 

でも、「安全な関係を築くことが困難であることを認めること」は「暴力被害に遭うことを許容すること」であってはならないのです。

この二つを混同してしまうことで、暴力被害を「仕事の一部」にしてしまっている職場があまりにも多いな、というのが私の印象です。

 

対人援助の現場に入ってくる人は、そもそも「暴言や暴力の被害に遭うこともある」ことくらい、皆さん百も承知です。

 

それでも、一生懸命に人の役に立ちたい、困っている人の助けになりたいという熱意を持っています。

 

そんな援助職が傷つく理由はたった一つ。

 

暴力に耐えて働いている自分に対して、職場から関心を寄せられ、尊重されているように感じないことですよ。

 

「これくらい普通」「私だって同じような被害に遭ったことがある」「早く慣れないとね」

 

このように、暴力被害そのものを職場が許容してしまうから、より傷つき、燃え尽きて辞めていくのです。

 

今回紹介した「バウンダリーを越えて相手をコントロールする利用者」も、職場が許容してしまうことで、より行為をエスカレートさせて被害が拡大することも多々あります。

 

「利用者が何をやっても断られない環境」ほど、援助職にとって危険なものはない、というのが私の考えです。

 

ここまでの内容を読んで、ぜひあなたの職場について振り返りをしてみてください。

 

今回はここまでです。

 

読んでいただきありがとうございます。

 

また次回、引き続き詳しく解説していきますね。 

 

続きはこちら

利用者・患者からの暴言暴力への対応マニュアル③「悪質なクレーマーが多用しやすい5つのコントロール法」

 

※境界線を越えてくる利用者への職場の対応のヒントは、以下のブログ記事を参考にしてください。

◆共依存を克服する方法①「相手の感情に振り回されない習慣作り」

◆境界線(バウンダリー)を引くということは、「相手に納得してもらうこと」ではなく、「あなたの考えを伝えること」である。